明治21年6月13日の神戸又新日報(こうべゆうしんにっぽう)に、開業後約1年を経過した宝塚温泉への訪問記が掲載されています。神戸又新日報は明治時代から昭和戦前まで発刊された神戸を代表する日刊新聞です。明治20年5月8日に開浴した宝塚温泉の当時の温泉場、旅館状況等の詳細を知ることが出来る数少ない、貴重な記事と言えます。


(旅館の状況)

1.開業している旅館は4軒あって第一を分銅屋とし次を北柳亭、辨天樓、満壽亭の
  順で列挙している。
  (小佐治豊三郎による「寳塚温泉発見以来の顚末」では温泉場開業時の旅館は
   桝屋・辨天樓・分銅家・小宝屋と記載されている。桝屋は満壽亭と同一とみら
   れるが、後の栄山である北柳亭は「寳塚温泉発見以来の顚末」に記載されて
   いない。)
2.保生会社(温泉の所有主)において旅館を厳重に取締っており、旅館は悪習もなく
  料理、宿泊料も相応である。


(温泉場)

 浴場は武庫川を臨み上等室、中等室、下等室の三等に区分している。
 〇上等室は一組のみの入浴で、混浴を禁じている。(入浴料は1人10銭、家族3人
   までは同料金)
 〇中等室は混浴であるが中央を板塀で仕切り、男女を分けている。ただ、余り広く
   ない湯槽に仕切りを設けているので、男女とも甚だ手狭である。(入浴料は2銭)
 〇下等室は中等室と余り変わらないが、雑多な客でうるさく、やはり下等である理由
   が理解できる。(入浴料1銭)
 〇泉質は無色透明であるが、褐色の沈底物を有し、また、塩辛く、刺激味がある。
   これを煮沸すれば著しく褐色、強アルカリ性に変わり、食塩アルカリ性炭酸にな
   る。
 〇温泉は直に薪炭にて煮沸せず、蒸気により鉄管を熱し温めている。温泉は消化
   器、呼吸器、神経症、泌尿器、生殖器の諸病に効能ありとのことで昨今、湯治客
   が多くなってきた。中には家族を挙げて数日逗留する人もいるそうです。お客の
   割合は大阪六分、神戸が四分位だそうです。


(温泉場までの道行)

1.宝塚温泉は西宮駅から北東に約二里半の所にあり、人力車を雇う場合の料金は
  2人乗り27銭、1人乗り18銭である。  
2.宝塚温泉への道はひじょうに狭く、2人乗りの人力車は対向できない。また、2.3
  か所の河原を経る毎に、下車が必要である。
3.途上にある広田神社は官幣大社で、古代より有名な神社にかかわらず、掃除が行
  き届かず、また、大破している箇所もあり、外観は美しくない。


(明治21年6月3日神戸又新日報)原文
温泉場案内(明治21年6月又新日報)2温泉場案内(明治21年6月又新日報)1







「寳塚温泉 県下摂州武庫郡伊孑志村寳塚温泉場は近来追々諸事整備し時節柄浴客の足を運ぶもの日々多きを加ふると聞き前日曜日の好天気なりしを幸ひ社友両三名打連れて一遊を試みたるが今其話しに拠れば
   同地は西宮停車場を北東に距ること凡そ二里半にして甲山の陰に当り停車場より腕車を傭えば二人乗二十七銭一人乗十八銭の割合に定めあり道路は別に山坂の嶮なるものなけれども自然上りの高地にして道幅甚だ狭く二人乗の腕車双方より出会と見れば一方は予め轍を止めて路傍に待合さざるを得ず待つものこそ迷惑至極、同乗の快を得意とする粋男女の為めにはチトお気の毒なれど斯る小径には一切二人乗の往来を差止むる方然るべきかと思はる且つ二三ヶ所の河原を経る毎に一々下車せねば成ぬは最も迷惑なれど是は先ず致方もなし
  途上廣田村の廣田神社は当時官幣大社に列し古代より有名の大社なれば一寸立寄見るも可なり併し氏子の多数なる割合には所得の頗る薄きにや境内の掃除も行届かず所々大破に及べる所もあり(拝殿は近頃改築したり)概して外観甚だ美ならざるが如し当社は躑躅に名ある所なれど目下時既に遅く唯杜鵑花の所々に咲残れるを見るのみ、停車場より温泉場へは凡そ二時間にて達すべし
 場は武庫川の西南岸にありて後には峨々たる峰巒を負ひ土地高燥、空気清潔、山水の風景頗る宜しく数丁にして丁子ヶ瀧、見返岩などの奇観もあり殊に当時は武庫川の名産たる鮎の季節に際し溌溂たる鮮鱗を食し得らるゝは最も妙なり
 現に開業せる旅店は四軒ありて第一を分銅屋とし次を北柳亭、辨天樓、満壽亭とす何れも保生會社(当温泉の所有主)において厳重に取締り居るがゆえ別に是といふ悪弊もなく料理宿泊料の如きも先ず相当かと思はる(併し浴衣の垢附き汚れたるを着せられたるに閉口せりと)
 浴場は武庫川に臨みて之れを設け上中下の三等に区分しあり上等は衆人の混浴を禁じて一組づゝ入しめ(入浴料は一人金十銭家族三人までは同料)中等(入浴料二銭)は混浴にして男女を分ちたるは感心なれども元来余り広からざる湯槽の中央に板塀を設けて仕切りたることゆえ双方とも甚だ手狭となり何んだか不愉快の感あるを免かれず下等(入浴料壱銭)も中等と余り異ならざれど只雑客混淆してウルサキは下等の下等たる所以なるべし
 泉質は無色透明にして褐色の沈底物を有し且つ鹹味強く舌頭を刺激し之を煮沸すれば著しく褐色を呈し強アルカリ性に変ずる由にて食塩アルカリ性炭酸とに称するものになりとぞ煮沸は直に薪炭を以てせず蒸気を鉄管に通じ其温気により温むることゝし当時据付の蒸気鑵は十馬力のものにて日々六拾斤許の石炭を費消するよし該泉は 醫治上消食器、呼吸器、神経症、秘尿器、生殖器の諸病に効能ありとて昨今湯治客の来集おいおい多きに及び中には家族を挙げて数日逗留せるもあり其人々は大抵大阪六分神戸が四分位の割合なりと云へり」   以上