下の写真は、現在のホテル若水付近の風景ですが、宝来橋や温泉茶屋の存在から明治35年から明治40年頃撮影されたものと思われます。人力車の車夫や地元住民の姿も見られます。写真の左下には宝塚温泉の泉源、炭酸源の壁面が見られます。
 左の茅葺の建物は、向かいの温泉場や近隣の旅館の宿泊客を対象に茶やお菓子を供した腰掛け茶屋で、当時、小宝屋または、宝茶屋と呼ばれていたそうです。浴客が浴後のひととき川岸の眺めを満喫しました。


蓬莱橋横温泉茶屋
手前に宝塚温泉(現在のホテル若水の場所)の泉源とともにあった炭酸泉の泉源が見えます。壁面に炭酸泉と書かれた看板が見えます。浴客や付近の人々はこれを汲んで飲用にしたそうです。




   
蓬莱橋横お茶屋(拡大) 温泉茶屋の軒下には、仲助、小よし、品八、久菊等と
 染め抜かれた暖簾が懸かっています。芸妓の名前で
 しょうか?
          




宝塚温泉場描画入り
 左の宝塚温泉全景の赤で囲んだ場所が表題の写真
 辺りです。
 表題の写真の少し後の時代の絵葉書と考えられま
 す。




宝塚鉱泉場
表題の写真には、泉源は壁面と看板しか見えていませんが、
その下部の炭酸泉源は左の写真の通りです。










天然炭酸水この下あり
左の絵葉書は、その後時代を経た宝来橋付近の写真ですが、宝来橋の右に「天然たんさん水 この下あり」と、この場所から降りた所にある炭酸泉源の案内が立っています。