大正12年発行の「大阪を中心とせる近縣電話帳」に、当時の寳塚地区(良元村・小濱村)における電話加入者145名が記載されています。この電話帳は逓信省認可人事興信所により発行され、寳塚地区は大正11年8月現在の加入者を掲載しています。明治43年11月6日に電話が開通しましたが、架設当時の加入者は24人であったようです。電話加入者から当時の宝塚の旅館を中心に旅館に付帯する芸者置屋、料理材料商店、土産物店の隆盛や著名な別荘居住者の存在など、当時の宝塚の状況が分かります。

当時は、電話番号は加入者順に登録されたと思いますが、10番までの登録者と特徴のある登録者を下記に記載しました。注釈は私が加筆しました。
  電話番号は1番から75番と101番から170番までで、145名が登録されています。1番はやはり、逆瀬川・支多々川の護岸工事、住宅開発、宝塚ホテル創設等を行った実業家であり、宝塚への貢献度では筆頭と考えられる平塚嘉右衛門が獲得しています。

興味深いのは、次のお二人が登録されていたことです。
 
38番 中川クマ(ウイルキンソン炭酸の創業者クリフォード・ウイルキンソンの妻)
   中川くまの
住所は日ノ丘になっており、日ノ丘は、現在の武庫山2丁目付近なので、クリフォード・
   ウイルキンソンが建設、運営したタンサン・ホテルの建物が住まいであったと思われます。
     タンサン・ホテルは明治22、23年頃に開業し、明治末期から大正時代中期に廃業したものと
   思われますが、この電話帳が発行された大正13年頃、生瀬のウイルキンソン炭酸工場に技師
   住宅として、移築されましたので、ホテル廃業後の建物を工場へ移築されるまでの間、ウイル
   キンソン一家の住居として活用されたと想像されます。
     創業時のタンサンの瓶詰作業場は紅葉谷にあり、タンサン・ホテルは作業場の裏手すぐ近くに
   あったため、創業時から、ホテルはク一部リフォード・ウイルキンソン家 の家族の居住を兼ねていた
   かも知れません。
 〇
142番 白洲文平 別荘(白洲次郎の父)
   
住所は、小濱村川面五反田(現在の栄町辺り)で、嘗ては旅館とともに、別荘も多かったようです。
   連合軍占領下の日本で吉田茂の側近として活躍した白洲次郎の父親である白洲文平は
神戸に
   おいて
貿易会社白洲商店を
創業し、巨万の富を築いた実業家であった。
    
白洲文平は、伊丹に4万坪の広大な屋敷を所有していたことは有名であるが、近隣の宝塚にも
   別荘を所有していたことが判明しました。

(業種別の主な加入者)

(旅館)
宝塚温泉の全盛時代なので、旅館が多く、145名の内、32名(軒)が旅館が登録されています。
  小さい電話番号順に電話番号と旅館名を列挙します。
 2番:壽樓、 3:分銅家、 4:泉山、 5:松涼庵 、18:須山、 19:寳山園、 20:寳月、 22:榮山、
 23:立身家、 24:相生、 29:徳家、 33:川萬支店、 35:川萬本店、 37:松葉家、 39:松山、 
 40:門樋樓、 44:松楽館、 46:福亭、 57:丸家、 58:春茂登、 59:五徳庵本店、 62:玉菱家、
 65:梅源、 67:つち家、 103:岩田家、 108:増井樓、 109:寶山、 112:藤家、 114:福徳、 
 120:喜山、 131:久の家、 141:松涼庵
(飲食店)
 12番: 琴月 吉田新太郎(料理業)、 31:五徳庵支店 平塚嘉右衛門(料理仕出)、 
 42:鳥菊 内本松次郎(料理)、 70:喜楽 北村ヒサ(料理業)、 74:つる家 前田ハナ(料理業)
 107:井筒 高田晋吉(飲食店)、 110:林現次郎(寶寿司商)、 139:花月 山本ミツ(料理)、 
 155:八百三 牛野算之助(料理)、 159:木村壽(飲食店)
(芸妓置屋・按摩)
上田亀蔵は、日本経済新聞の題字を手掛けるなど著名な前衛書家であった上田桑鳩(1899〜1968)の養父である。
 17番・116番:寳検・上田亀蔵(芸妓置屋)、 47:林シゲ(芸妓置屋)、 54:鹿島丑松(芸妓置屋)、 
 115:竹庵 小杉竹次郎(按摩業)、 164:北村カメ(芸妓置屋)、  
(別荘)
 
別荘として32名の登録がありましたが、著名な人物のみ抜粋しました。
 6番:加藤徳次郎(乾物商)、 15:林竹三郎(海運業)、 25:田邊貫一(松本鑢合資会社)、
 50:石原久之助(石原時計店社長)、 104:山本發次郎(佐伯祐三作品コレクター)、 105:伊藤卯三郎
 (伊藤萬二代目)、 124:片岡直輝(大阪瓦斯社長)、 126:松方正雄(松方正義の四男)、
 142:白洲文平 (白洲次郎の父)
(商業)
 7番: 鳥金(鶏肉商)、 9: 的場武三郎(八百屋)、  27:下藤(八百屋)、 28:甲賀(牛乳商)、
 30:食道楽(菓子商)、 32:八百安(八百屋)、 51:米寅(米穀商)、 53:岡山久次郎(酒商)、 
 55:紅野平左衛門(酒商)清酒富貴、 56:黄金家(煎餅商)、 66:山岡幾松(雑穀商)、 
 106:丸萬(麺類商)、 122:氷屋 桝谷米市(製氷業)、 133:川上力蔵(米穀薪炭)、
 136:吉川ゑい(薬種雑貨)、 140:田林房吉(運送業)、 153:鳥久(精肉商)、 
 154:寳塚公設市場、 157:堀井理作(乾物商)、 158:倉長(今長か?) 高岡國太郎(生魚商)、 
 163:西野菊次郎(呉服店)、 165:村田耕治(玩具商)  
(事務所・公共機関)     
 13:寳塚警察署、 14:上田同族合資会社(上田亀蔵関係か)、 21:寳塚新温泉事務所、
 26:寳塚驛、 43:内國通運會社取引店、 49:良元村役場、 64:寳塚鑛泉合資会社、
 69:浦山セルロイド株式會社、 113:阪神急行電鐵株式會社 電燈電力出張所、 
 119:ウイルキンソン炭酸株式會社、 121:西宮銀行 池田支店 寳塚出張所、127:小濱村役場、
 130:株式會社寳塚温泉、  135:平塚土地経営所、 152:中州温泉 宝塚土地信託株式會社、
 168:阪神急行電鐵株式會社 平賀敏(新温泉構内・温泉)
(その他)     
 11:亀安 亀井安吉(建築業)、 63:八馬兼介(八馬財閥オーナー)住所・良元村小林梅園

(10番までの電話加入者)
   
(電話番号)  (氏名・屋号)          (住所)         (職業)    (注  釈)

  宝塚 1   平塚嘉右衛門        良元村小林                
     2   壽樓・山本幾治郎      小濱村ノ内坂戸      旅館
     3   分銅家・小佐治豊三郎  良元村伊孑志武庫山   旅館
     4   泉山・福井善兵衛     良元村伊孑志武庫山   旅館
     5   松涼庵・楠本信夫          寳塚字湯本         旅館
     6   加藤徳次郎         小濱村川面五反田    別荘   乾物商(現㈱大乾創業者)
          7   鳥金・阪口友市             寳塚紅葉谷         鶏肉商
     8   寳塚病院・春日惟精    寳塚湯本          医師
     9   的場武三郎         良元村伊孑志武庫山  八百屋      
    10   柿崎欽吾              小濱村川面鍋野       弁護士   大阪弁護士会会長