ウィルキンソン・タンサンの創業者ジョン・クリフォード・ウィルキンソンの長女エセル・ウィルキンソンの長男で、当時ウイルキンソン炭酸株式会社の代表取締役であったHerbert Clifford Wilkinson Price(ハーバート・クリフォード・ウィルキンソン・プライス)は、1940年(昭和15年)にスパイ容疑で起訴されています。ハーバートは当時29歳でした。主犯とされたロイター通信のイギリス人コックス(M.J.Cox)は昭和15年7月29日、東京憲兵隊本部で取調中、飛び降り自殺を遂げています。

 昭和15年は、日独伊三国軍事同盟が成立し、日本が戦争に突き進んでいた時代で、敵国人であるイギリス人のコックスが実際スパイ行為を行っていたかどうか、疑いが持たれます。ハーバートは、単にコックスと交友関係があったため、起訴された可能性が高く、プライスにとっては、ひじょうに不幸な出来事となった。その後戦争中、
プライスは敵国人抑留所に収容され、また、母親のエセルは生瀬の工場の脇の住宅で幽閉生活を送ったようである。
 ハーバートが、余生をスイスに居を移したのは、戦時中のスパイ容疑の件や自分及び母親の抑留、幽閉状況の中で、日本に対して信頼を失くしたことが要因の一つであったのではないか。

新聞の記事は下記の通りです。新聞社が日独伊三国同盟に反対を唱えることが出来なかったように、当時既に新聞報道は軍部におもねる状況にあり、下記の記事も憲兵隊の取調結果をほぼ流用したものであると思われます。
 昭和15年7月27日にプライスを含めイギリス人主体の16名が一斉検挙されています。その中には、カメロン商会を経営し、塩屋の高級住宅街「ジェームス山」を開発したE.W.JAMES(アーネスト・ウィリアム・ジェームス)とその兄のJ.F.Jamesも含まれていました。
(昭和15年10月1日 大阪毎日新聞 記事)
HCWプライス新聞記事(毎日)一部切抜き
神戸在住英人らスパイで大検挙 海軍大佐ら十名起訴
去る七月二十七日一斉検挙を見た英国系諜報事件はさきに自殺したルーター通信員コックスをはじめ東京、横浜、神戸、下関、長崎において十六名の英国人ならびにこれら英国人の手先となって働いた不名誉な日本人数名を検挙、新聞記事の掲載を禁止して各憲兵隊および検事局で鋭意取調べを急いでいたが取調べが一段落し殊に箱根富士屋ホテル止宿元英国産業連盟代表予備役海軍大佐C・H・N・ジェームス(五六)長崎高等商業学校講師W・P・C・D・トラフォード(五〇)ライジングサン石油会社横浜本社員R・T・ウーリー(四七)ら英国人十名はそれぞれ軍機保護法、要塞地帯法、陸軍刑法、無線電信法各違反ならびに軍用資源秘密保護法違反などの罪名で起訴されすでに七名に対しては有罪の判決が下ったので司法当局は三十日午後五時を期し左の十名に対し解禁を行った、なお残り五名は捜査中でありその他に日本人で起訴されたもの男一名、また留置されて取調べ中のもの女一名、男五名があるがこの事件に関し日本の上層階級者あるいは著名政治家にして不用意の機密提供者として証人尋問を受け、あるいは警告を発せられたもの数十名に達し当局も彼らの外人崇拝熱に対してはだた唖然たる有様であった、これらは法律の不備なるがゆえに辛うじて罪人たることを免れた人々でこれに徴しても防諜法のごときものが一日も早く公布されなければならぬ緊急を痛感されている

この新聞記事の中に、下記の通り、ハーバート・プ
ライスの略歴が記されています。住所の良元村小林字北畠は戦後も母エセルとともに居住した逆瀬川駅の北東、現在の中州地区で、当時、北畠(北畑)という地名でした。デートン大学、セントマーリス大学に学んだとあり、オハイオ州のUniversity of Dayton、ミネソタ州のSt'Mary's University of Minnesotaではないかと思われます。

HCWプライス新聞記事(毎日)

H・C・W・プライス(29)
兵庫県武庫郡良元村小林字北畠四二ノ二、ウィルキンソン炭酸株式社代表取締役、英国人を祖父、日本婦人を祖母とする混血血統者で祖ウィルキンソンは六十数年前渡来し兵庫県有馬郡生瀬村附近で炭酸水源泉を発見するやこれを工業化しついに巨万の富を蓄積するにいたったもので同事業は現在ウィルキンソン炭酸株式会社として経営せられその製造にかかる炭酸水の販売年額は約五十万円に達している、同人は神戸に生れ昭和三年渡来してデートン大学、セントマーリス大学において電気学および化学を専攻、昭和七年帰来し前記会社の代表取締役として現在に至る。(昭和15年10月1日大阪毎日新聞)

(参考文献)
  清水慶一「ウヰルキンソン氏の不思議な工場」(「建築知識(1992年1月号)