明治20年11月13日の大阪朝日新聞に、大阪緒方病院の髑髏庵居士(ペンネーム)さんが開業したばかりの宝塚温泉への訪問記を投稿しています。初代温泉場の開業は明治20年5月5日なので、温泉開業後半年も経ていない段階の見聞録です。当時の宝塚温泉の温泉場、旅館等を窺い知ることが出来る数少ない、貴重な記事と言えます。


髑髏庵居士(ドクロアンコジと読むのでしょう)さん宝塚温泉見聞録の要点は次の通りです。  


(温泉場)

初代の温泉場は浴槽に中隔(仕切り)を設置し、男女を区別していたと記載されていることから、男女混浴であったと思われます。山麓の所々に飲料に適した炭酸泉が湧出していたようですが、山麓とは紅葉谷を指していると思われます。

1.浴室は3室あり、上等、中等、下等の3等に区別している。

2.各浴室の浴槽は6尺(1.8m)の四角形で、深さは3尺余り(90cm)。

3.浴槽には中隔があり、男女浴槽を区別している。

4.上等室には子宮洗浄室がある。

5.温泉については、岩石の間から湧出する泉水を畜槽に満たせて、これを浴槽に引き蒸気鑵(ボイラー)で温めている。温度は摂氏40度内外である。

6.山麓の所々に炭酸泉が湧出し、飲用に適している。
初代温泉場・手彩色カット
初代温泉場








(旅館)

北柳亭(ほくりゅうてい・後の栄山)が最大の旅館と述べており、北柳亭が当時存在していた分銅家、辨天楼よりも規模が大きいと感じたようです。 前ブログで、この新聞の1か月前に掲載された宝塚温泉の保生会社と分銅家等3旅館の連名広告をご紹介しましたが、そこには北柳亭の旅館名はありませんでしたので、北柳亭は保生会社系の旅館ではなかったと思われます。規模からも、北柳亭は分銅家、辨天楼、満壽亭にとっての最大の競合相手であったと思われます。

 魚料理は、海から遠いので、春夏は鮎、秋冬は鯉が多く使われたのでしょう。

1.最大の旅館は北柳亭(後の栄山)

2.飲食物の多くは伊孑志村より運搬されており、魚は鯉が多い。

(町)

12戸の人家の内4戸は旅館と記載されていますが、旅館は北柳亭、分銅家、辨天楼、満壽亭の4戸だったと考えられます。分銅家、辨天楼、満壽亭は温泉場開業時に既に存在したことは文献に残っていますが、北柳亭については、温泉場開業時に既に営業していたかは不明です。

1.宝塚の人家は12戸で、その内4戸は旅館。

2.宝塚へは神崎(尼崎)から4里、西宮からは2里余りで道も便利である。但し、西宮からは坂、砂川があって、人力車を下りなければならない。


  (寳塚温泉の記  大阪緒方病院 髑髏庵居士による寄稿) 

13合成

明治20年11月13日大阪朝日新聞付録



髑髏庵居士は宝塚温泉が新設したと聞き、ぜひ訪れたいと思っていたが、忙しくて行けなかったが、たまたま1日空いたので、友達と宝塚温泉を訪ねることが出来た。ここに浴場の景況を記しますので参考にしてくださいという前文で始まっています。
宝塚温泉の記 大阪緒方病院 髑髏庵居士

余かつて宝塚温泉の新設あるを聞き一遊を試みんと欲するも常に業務のために未だその意を果たさざりしがこのごろ偶々一日の閑を得たりいささか浴場の景況を記して世人の参考に供せんとす。

 宝塚温泉は兵庫県摂津国武庫郡伊孑志村六甲山の麓生瀬川の南岸字宝塚にあり  土地高燥気候温暖風景頗(すこ)ぶる佳なり  神崎を距(さ)る四里西の宮より凡(およ)そ二里余 車馬の通路共に便なり 但西の宮よりするときは一二の小阪沙(すな)川ありて車を下る不便を感ずるのみ 人家12戸にしてその4は旅店なり 而して最大なる者を北柳亭(ほくりゅうてい)と云う 飲食物は多く伊孑志村より運搬し来り 魚類は鯉魚(こい)多し 該温泉の淵源を探索するに昔時足利義晴の時代に村中一媼(老女)あり 悪瘡を病み平素尊心する所の観音の夢告に因て この泉を発見し浴して病癒(い)ゆ云々日本鑛泉誌に見えたり 後土人汲取て自家の浴用に供すること久し 然るに昨年五月有志者相謀り茲(ここ)に浴場を新設し普(あまね)く浴客の便に供するに至れり その浴所に三個の浴室あり 上中下の三等に区別す 各室に方形六尺深さ三尺余の浴槽を設置し槽に中隔あり男女浴槽を区別せり 上等室には子宮洗浄室あり 而して他の二等に之なきは遺憾と云うべし 山麓岩石の間より湧出する所泉水を畜槽に満て之を浴槽に引き蒸気鑵を以て温むる者にして 温度は大抵摂氏40度内外にあり その傍に冷浴室あり又山麓の所々において炭酸水湧出し飲用に適す 泉質は内務省試験によれば炭酸泉にして食塩の多量なるが為め強鹹(きょうかん)を有す 今成分及その量を示せば左の如し
1.格魯兒仕那篤留母(クロールナトリウム)   17.05989
1.炭酸那篤留母(炭酸ナトリウム)          1.68411
1.格魯兒加留母(クロールカリウム)        1.1532
1.重炭酸加兒叟母(重炭酸カルシュウム)     2.32547
1.重炭酸麻倔涅叟母(重炭酸マグネシウム)   0.29109
1.硅酸(けいさん)    0.08537
1.硼酸(ほうさん)     僅量
1.礜土(ヨード)       0.04593
1.格魯兒(クロール)   著明
1.重炭酸亜酸化鉄    微量
1.炭酸            多量
1.有機物          少量
以上の分析表により考うるときは 炭酸泉にして鉄分の量実に微量なり 然るに余輩が該温泉の模様を見るときは泉水涵濁赤茶褐色を呈し あたかも鉄泉の如き外観をなす 蓋し聞く所によれば泉源に多量の鉄粉を埋めしとありと 果してその説をして信ならしめば該温泉は天然鉱泉を変じて人工に含鉄炭酸泉となしたる者の如し そもそも温泉の効用たる泉質の化学的成分に基くとは甚だ鮮少にて外物の関係例令(とえ)ば浴客の旅行居住の変換浴場の模様等多くは閑雅幽邃樹木蒼鬱新鮮の空気に浴し 自ら山水の景ありて精神を養わしむるにあり 然るに人工を以て泉質を変ずるが如きは天然の効用に戻るものと云わざるを得ず 然れども今該温泉の効用を述ぶれば左の如し
(1)貧血、痔血、萎黄病、白血病、脾臓腫脹壊血病 (2)依卜昆挃里、歇利帝里、消化不良 (3)胃痛、三叉神経痛及腰臀痛 (4)未だ月経を見ざる婦人の鬱憂症、胃弱に因する全身疲労