宝塚に因んだ作品を応募し、応募された作品については、宝塚市立図書館の蔵書となるという宝塚市による「みんなのたからづかマチ文庫」という企画に応じ、このブログのウィルキンソン関係の記事をまとめ、加筆し、「ウィルキンソン・タンサンと宝塚」という冊子を制作しました。神戸市立博物館のご協力により、未発表の博物館所蔵ウのィルキンソン家ファミリーの写真も掲載しています。

 「ウィルキンソン・タンサンと宝塚」は、既に宝塚市立中央図書館、宝塚市立西図書館に所蔵され、一般の方の閲覧、貸出も可能となっています。閲覧ご希望の方は、宝塚市立図書館の検索サイト
(https://www.library.takarazuka.hyogo.jp/index.html)で、貸出中でないことをご確認の上、宝塚市立中央図書館、または、宝塚市立西図書館で閲覧してください。予約もできるそうです。

ウィルキンソン・タンサンと宝塚表紙
(表紙)

タイトル:「ウィルキンソン・タンサンと宝塚 -ウィルキンソン・ファミリーの物語-」


A5版 36ページ












概要は、下記の目次の通りです。

(目 次)

(はじめに)

 1.ウィルキンソン・タンサンの草創期

(1)炭酸泉の発見と創業

(2)宝塚・紅葉谷の工場

①明治32年英国雑誌「THE SKETCH」に掲載された紅葉谷工場

②紅葉谷工場の場所

(3)ウィルキンソンが発売した草創期のミネラルウォーター

①創業直後は「TakaradzukaTable Water」で販売

②その後、「TANSAN」(タンサン)と「NIWO」(仁王水)を発売

 

2.ウィルキンソン・タンサンの隆盛期(明治後期・大正時代)

(1)生瀬への工場移転

(2)当時の生瀬工場内部
(3)清涼飲料水業界の状況及びウィルキンソン・タンサンの位置付け

①ウィルキンソン・タンサンを使用していた国内のホテル等主要施設

②大正元年度の国産清涼飲料水の輸出額及び輸出港

③大正元年度の国産清涼飲料水の輸出先
(4)神戸のオフィスと住居

明治時代~昭和戦前の神戸オフィス

②神戸におけるウィルキンソン・ファミリーの住居

(5)仁王像マークの変遷及びその後の商品展開

①仁王像マークの変遷

②その後の商品展開

(6)ウィルキンソン・タンサンの戦後の歩み

3.タンサンホテルの建設、開業
(1)クリフォード・ウィルキンソンはなぜホテルを建てたか
(2)タンサンホテルは何処にあったか

(3)洋式ホテルとしてのタンサンホテル

①本格的な洋式ホテルであったタンサンホテル

②明治23年頃の洋式ホテルの状況とタンサンホテル

③日本人向けタンサンホテル(炭酸ホテル)案内と宿泊料金

(4)明治28年の外国人によるタンサンホテル印象記

 

4.宝塚への外国人観光客増大とウィルキンソン・タンサン

(1)外国人向け旅行ガイド「マレーズ・ハンドブック」の宝塚案内

(2)なぜ「マレーズ・ハンドブック」に宝塚案内が掲載されたか

(3)「マレーズ・ハンドブック」を手にした明治の外国人宝塚旅行記

 

5.ウィルキンソン家のファミリー・ヒストリー

(1)ウィルキンソン家の家系図

(2)ウィルキンソン一族の歩み

①クリフォード・ウィルキンソン(JohnClifford Wilkinson)

②中川くま(クリフォード・ウィルキンソン夫人)

③エセル・ウィルキンソン(Ethel GraceWilkinson)(出生名:中川しつ)

④ハーバート・プライス(HerbertClifford Wilkinson Price)

(3)ウィルキンソン一族の苦難(太平洋戦争)の時代

(4)ウィルキンソン・ファミリーの宝塚の住居について

 

(ウィルキンソン・タンサンの歴史年表)

(典拠資料及び参考文献)

(あとがき)