武田尾温泉は、JR福知山線武田尾駅から西へ徒歩約5分の武庫川の峡谷沿いにあり、宝塚市、西宮市にまたがっています。平成1610月の台風23号襲来時の武庫川氾濫による被害で、営業中の旅館は宝塚市域の「紅葉館別庭あざれ」と西宮市域の元湯旅館(現在は日帰りのみの営業)の2軒になっています。明治30年創業のマルキ旅館は、洪水被害抑止のための護岸かさ上げ工事により休業しています。

武田尾温泉と「紅葉舘別庭あざれ」

武田尾温泉は、江戸時代寛永の頃に薪を切り出しに行った武田尾直蔵によって発見されたと云われています。旅館は、明治20年に車源二が元湯旅館を開業したのが最初ですが、明治32年の阪鶴鉄道開通、武田尾駅の開設により、来遊客が増加、大正3年には6軒になっています。
武田尾温泉絵葉書(明治末期)ブログ用

武田尾温泉絵葉書(明治末期)









平成16年の台風23号で、館内に土砂や流木が流れ込むなど甚大な被害を受けた「紅葉館」は、4年間に及ぶ大改修で「紅葉館別庭あざれ」として平成2012月に再スタートしました。武庫川の渓流を望む源泉かけ流しの露天風呂とともに、和の真髄を極めた神田川俊郎直伝の料理を個室「茶寮『心』Shin」で頂けます。春は桜や山つつじ、初夏は新緑や蛍、秋には紅葉等と四季の自然が満喫できる武田尾にお越しください。

「アモーレ・アベーラ」と武田尾温泉

宝塚南口にある「アモーレ・アベーラ」は、皆様に愛されている阪神間を代表するイタリア料理レストランです。宝塚撮影所があった頃には、三船敏郎や森繁久彌等数知れない映画スターが訪れた「アモーレ・アベーラ」が武田尾温泉と由縁があったことをご存じでしょうか。

太平洋戦争中の昭和18年9月、同盟国イタリアが連合国と休戦したことで、神戸港に寄港したイタリア軍艦カリテアⅡ号の乗組員が日本の捕虜となった。すぐ開放され、ほとんどがイタリアへ帰国するなか、日本に残った僅かな乗組員のなかに「アモーレ・アベーラ」の創業者オラツィオ・アベーラがいました。大きな怪我を負っていたオラツィオはその傷を癒すため、武田尾温泉のマルキ旅館を訪れ、厨房で働くうち、同旅館の三女と恋仲になり、結婚することになりました。
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「アモーレ・アベーラ」









その後、オラツィオは独立し、昭和21年に宝塚駅前にイタリア料理店「アベーラ」を開店しました。同じくカリテアⅡ号の乗組員で、オラツィオとともにマルキ旅館の厨房で働き、同旅館の長女と結婚したのが、東京南青山に本店を持つイタリア料理の名店「アントニオ」の創業者アントニオ・カンチェーミです。ともに日本におけるイタリア料理の草分けとなりました。

昭和46年に元の自宅を改造した洋館に移転した「アベーラ」は、オラツィオ没後、後を継いだご子息エルコレ・アベーラさんが店名を「アモーレ・アベーラ」に変更しました。閑静な住宅街にある洋館で、大相撲の貴景勝関が大好物のピザを含め先代から受け継いだ歴史あるイタリア料理を味わってください。